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神の子の使い魔

最後の訪問(7)

 もう少し歩いて、スヴェナの町を一望できる場所まできた時、みのりはその風景を見下ろして狼狽した。
 俺は黙って解説を待っていた。俺の目には、いつもと変わらないようにしか思えない。ちょっと活気がないかなと言う気はするが、寒くなったからかも知れないし、そもそも神の子が滞在してないときの様子なんか知らないし。
「……どうしよう、藤沢君」
 みのりは震える声で言った。
「どした」
「離宮の、旗が」
「旗?」
 確かに、小さくではあるが、離宮の一番高い塔のてっぺんに旗が翻っているのが見える。緑の地に金の派手な縁取りが施されているようだ。
「あれ、……ダヴェン王弟殿下の旗なんだよ」
 なんでアトレンの城にダヴェンの旗が翻ってるんだ。
「つまり……あの離宮は目下ダヴェンの支配下にある、とか、そういう」
「そう」
 俺はみのりと顔を見合わせた。どういう状況だ、それ。

 まあ、とにかく、アトレンもダルスさんもニースさんも迎えに来られない状況らしい、ということはわかった。
「ど、どうしよ」
「まーまーちょっとこっちに」
 動転しているみのりを馬車道から外れた木立の中に連れてった。あの離宮がダヴェンに占拠されてるということになると、これは確かに全く穏やかではない。もしそうならダヴェンは絶対みのりを確保しにこようとするだろう。見つからない方がいいに決まっている。
 でもなんで、まだこないんだろう?
 みのりの横にしゃがみ込んで、考えた。こんなことになってるなんて想像もしなかったから、俺たちは結構長い時間をのほほんと過ごしてしまっている。ダヴェンが水晶玉を手に入れているなら、とっくに来ていてもよさそうなものなのに――
「とっとにかくっあたしちょっと様子見てっ」
「はい却下ー」
 立ち上がろうとしたみのりの手を間髪入れずに引くと、みのりはがくんと座り込んだ。
「なんっ」
「あのさ。そもそも、なんでこんな状況になるんだ? ダヴェンがアトレンの町と城と占領して、なんかいーことあるわけ」
 みのりは虚を突かれた顔をした。「いい、こと?」
「……なんかね。こないだから、何かしっくりこないんだよな。ダヴェンにとってアトレンって、城や町を取り上げるようなことしてまで、是が非でも押さえ込まなきゃいけないような相手なのかな」
「なんですと!?」
 あ、怒った。
「そーゆーのブラコンって言うんですよみのりさん」
「……さらに聞き捨てならないんですけど!」
「まあパニクって町にかけ降りてくよりゃ、ここで怒ってた方がいーけどさ。いやアトレンがいくら賢くて、国民の人気も絶大で、魔方陣や神聖術に長けてるからっつって……ダヴェンってさ、今のまま黙って待ってりゃ王位が転がり込んでくるんじゃねーの」
 みのりは一瞬黙り込んだ。
「……そうだけど」
「じゃあダヴェンは六十すぎて見境もない短絡的な男で、もうアトレンが憎くて憎くて人気がねたましくていても立ってもいられなくて、町も城も兵も領民もなにもかも全部一気に取り上げてやらなきゃ気がすまなかった、と?」
 うー、とみのりは唸る。
「それは……ないね」
「だろーよ。アトレンは国民に人気があるんだ。王位を継いでから、数年かけてじわじわいろんなもの取り上げて、最終的にエスラディアの管理を任せるとかっつって僻地に追いやるとかならまだしもさ、王位継ぐ前もしくは継いですぐ占領したりしたら顰蹙買うでしょ普通」
「……」
「アトレンの方が王位継承権の順位が上だっつーなら話は別だろうけど、そうじゃないわけだし。まー今が前回から何年後なのかって点がわからねーと判断できねーけど」
「じゃあそれを調べて!」
 みのりが腰を浮かせかけたのをまた引き戻す。
「だから却下だっつーの」
「なん……あのね藤沢君っ、手!」
「て?」
「さっきから手をっ、ににっ、握ってるんですけど!」
「あー」ぱっと離した。「悪い」
 みのりは真っ赤な顔をして下を向く。なんだよ、と思う。そんなに怒るほど嫌なのか。なれなれしかったですか。どうもすみませんねー。
 ……なんかちょっと結構へこむんですけど。なんでだろ。
 俺はため息をつく。
「……とにかく。今が前回から数カ月以内だと仮定してだけど。エスラディアの王を捕まえて、ウルスの子も追放したって実績作ったばっかのアトレンの、城と町を占拠する、そんな暴挙に出た理由として、一番考えやすいのはさ。……敵の神子でさえ庇っちまうようなお人好しの誰かさんが、狼狽して駆け込んでくるのを捕まえようって魂胆じゃないかと思うんですけど」
「……」
 みのりはしばらく考えた。
「……あたし、を」
「……いやー」俺は首を傾げる。「でもそれならここに捕まえにこないのは何でなんだろうな。水晶玉は誰かが死守して持って逃げてくれてんのかもね。まあとにかくさあ、ダヴェンが怖がってるもしくはほしがってんのは、アトレン自身じゃなくて、アトレンに味方する異人だろ?」
「そ、そうとばかりは……だってでも、でも、アトレンのことだって怖がってるし煙たがってると思うんだよ……」
「いーやとてもそうは思えないね」
「なんで!?」
「ダヴェンが恐れるほどの力をアトレンが持ってるなら、おまえが半泣きで風呂に逃げ込む必要なんかないだろって話」
「て……」
「離宮も町もアトレンの持ち物だろ? 町の外に到着したって連絡があってから、城に乗り込んでくるまで二時間もかからなかった。あいつら城の中でまで、護衛ぞろぞろ引き連れて武器もちゃんと持ってた。しかも女風呂に乗り込もうとして、それを阻もうとした女の子をぶん殴って開けさせようとした。……アトレンはそれを止められなかった」
「だって……相手は次の王様だし……」
「王様ならなにしても許されるわけ? リオニアって結構野蛮な国なんだな」
「……そんなこと」
「ないよな? そーだよな。普通許されることじゃないだろ、あれ。俺なら相手が暴れん坊兄貴だろうと誰だろうと、部屋にいきなり土足で踏み込んできて、風呂入ってる友達を引きずり出そうとしたら蹴り出す。できなくても抗議はするし後日報復する。場合によっては家族会議でほかの兄姉に根回しして全会一致でぼこぼこにしてやる、二度と同じことやられないように。……アトレンはそのどれもしなかった。できなかったのか、あえてやらなかったのか、わかんねーけど、ダヴェンはアトレンの城でなんのためらいもなく――つーかおまえがトリップして来てるって知ったらいつでもやるわけだろ? それってアトレンのことなんかなんとも思ってないですなにやったって怖くないですって、宣言してんのと同じことじゃねーのかな」
「……」
 みのりが黙ってしまった。俺は話を引き戻す。
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