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神の子の使い魔

最後の訪問(26)

 アトレンが立ち上がろうとする。その前に、俺はでしゃばることにした。この国でまともなのはあの王子様だけだし、あんな年とって疲れ果てたおじいさんが昔の『悪事』をばらされて断罪されるところなんて俺も見たくないし。
 俺が立ち上がると、近くの兵が反応していっせいに矢をつがえた。やることが露骨。笑えてくる。
「……藤沢君っ、」
「いくつかお聞きしたいんですが、いいですか」
 声を張り上げると、背後からぶつぶつと不満そうなつぶやきが上がる。ダヴェンの提案は観衆の心に沿うものだった。俺が何か言うことで覆されるのが、嫌なんだろう。あともう少しだったのにって。
 あともう少しで、神の子が完全にリオニアのものになるって保証が得られたのにって。
 ふざけんな。
「これはフジサワクン」ダヴェンが酷薄に笑った。「今はリオニアの王位継承についての話をしておるところでして。ミノリ様のご友人であるとは言え、」
「いえ今は友人じゃなくて家族として発言させていただいてます」
 言うとみのりが後ずさった。「何言ってんの!?」
「福田みのりさんは十六歳です。リオニアではどうか知りませんが、日本では未成年です。法律上ではまだ子供だという意味です。それに養子とかっていう話になるなら、日本の家族の同意が必要だと思いますけど」
「……確かにそれはそうですな。しかしここはリオニア。日本のご家族の同意を得てからとなりますと、リオニアでは半年や一年後ということになりかねません。国王陛下のご病気もあり、」
 俺はゆっくり歩いて通路に出た。
「随分乱暴な話ですねー。日本のご家族が心配するのも当然だと思います。何でそんなに急ぐんですか」
「はっきり申し上げなければなりませんか? 国王陛下の在位の間にミノリ様の地位を確保しておきたい一心です。それも、ほかならぬリオニアの王の養子になられるのですよ。富も名誉も思いのままです。ご家族には」ダヴェンはニヤリと笑った。「リオニアの人間が信頼できると分かる方もいらっしゃるはずですが」
 鈴香さんのことだよな。名前出してもいいんだぞって、また脅迫してるわけだよな。
 みのりもそう思ったのだろう。焦ったように声をあげる。
「藤沢君っ」
「少なくともおばあさんはわかってないですよ」
 そう言うと、みのりまで黙った。俺はダヴェンから目をそらさなかった。
「リオニアの方々には目障りでしたでしょうが、俺が最近一緒にくるようになったのは、福田みのりさんの保護者のひとり、実のおばあさんから頼まれたからです。リオニアでみのりさんが幸せになれそうかどうか、彼女を本気で守ってくれる人がいるかどうか、おばあさんは心底案じてます。今の状態で、いきなりリオニアの次の王様になることになりましたなんて言ったら、おばあさんはきっと泣きますね」
「リオニアの国王という地位を愚弄なさいますか」
「なぜ?」俺は不思議そうな顔をしてやった。「愚弄してるわけじゃないですよ。ただあなたのやり口が気に入らない。こんな大勢の目の前で、武器を持った兵士に取り囲ませて、王位を継げって迫る。これは紛れも無い脅迫ですよね。そうしてまで、福田みのりさんをリオニアに縛り付けておこうとしてるんですよね」
「縛り付けておこう――と? お言葉が過ぎますな」
「こっちにきて一度殺されかけてますから。今も弓で狙われてるわけですしね。言葉を選んでなんかいられません。――本当にリオニアの国王という地位を善意から差し出そうとしてるなら、脅迫する必要なんかないですよね。あんたたちはみんなおかしい。神の子がいなきゃまともに生きてもいけないのか。もうとっくに救われてんだろ。あいつのお陰で、エスラディアという脅威もなくなって、今まさにこの世の栄華を極めてるわけだろ。今後もこの幸せが続くように、本人の意向も聞かずにこの国に縛り付けておこうって、どんだけ強欲なんだよ」
「なにを……」
「彼女には、おばあさんも、他のご家族も、友人たちもいるんです。彼女はリオニアの神の子である前に、福田みのりというひとりの人間なんです。どっちで生きるのか、どうやって生きていくのか、俺にはわからないけど、あっちの人間はみんな彼女の幸せを望んでるんだ。本人が望んで神の子続けたいってんなら悪いとは言わないけど、それ以外の選択肢を奪うようなやり方を見過ごすわけにはいかないんだよ」
「我々も彼女を愛している。愛する人間にそばにいてほしいと願うことがそんなに悪いことですか」
「そうは言ってない。ただ、ちゃんと選ばせてやれって言ってるだけだよ」
「選んでいただこうではないですか。今、この場で」
「今ここで他の選択肢を選んだらどうなるんだよ。こういうのは、ちゃんと選ばせてるとは言わねえよ。……おばあさんは言ってたよ。幸せになってくれるなら、こっちに取られても仕方ないって。彼女がちゃんと選んで、ちゃんと幸せになれるって確信してこっちを選ぶなら、悲しいけど淋しいけどしょうがないって……俺はそれが、尊重するってことだと思う。大事にするってことだと思うよ。あんたらはどうなんだよ。日本で幸せになりたいですこっちにもうこないですって、みのりが決めたら」
 キッカも、サイシンも、目をそらしていた。
「……ちゃんと諦めんの? 違うんだろ。だから、こうして脅迫してるわけだもんな。あんたが大事なのはみのりじゃなくて、神の子なんだろ。エスラディアのエノラスが花園千絵子を使い捨てたのとどこが違うんだ。おんなじじゃないか」
「トリップは今後も続いていく」
 あ、スルーされた。
「私はただ、ミノリ様がこちらの人間と結婚しなくても、ミノリ様の地位が安泰であるように、最善の方法を採ろうと……」
「じゃあ今までの神の子の記録を見せてもらえますか」
 そう言うと、ダヴェンが一瞬無表情になった。
 知ってる、と俺は思った。こいつ、ちゃんと知ってる。
 リオニアの他の人間はどうなんだろう。このままじゃみのりが死ぬってわかってて、それでもリオニアに止まり続けてほしいって、思うのかな。
「今までの神の子は、こっちでどういうふうに過ごしたのか。どんな人とどんなふうに生活して、何年くらいに亡くなったのか。公式の記録とか、ありますよね? リオニアの歴史に重要な貢献してきた神の子なんですから、生きてる間はずっと、晩餐会とかいろんな催しとかに出席したんですよね。そういう記録を見せてください。神の子がこちらで本当に丁重に、大切に遇されてたんだって証拠があれば、ご家族も安心すると思います。王位を継ぐかどうかなんて重大な決定を下すのはその後、ってのが筋じゃないですか」
「……何しろ資料が膨大ですからな」
「ひとりぶんだけでもいいですよ」
「わかりました、明日までには」
「アトレン王子殿下」俺はにっこり笑ってやった。「ここはもともと殿下の居城ですから、殿下に資料を探していただいた方が早そうですね。ひとりぶんだけでもいいので、今すぐ探していただくわけには」
「時間がかかるのですよ」
 アトレンを制するようにダヴェンが声を上げ、俺は笑った。
「なぜです? 神の子はとても人気の有るテーマなんじゃないかと想像しますけど。研究したがる人も多いんじゃないですか?」
「それが神の子については国王の許可がなければ研究できないことになっておりまして」
「……その生涯に、知られたらまずい秘密でもあるから?」
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