●● 揃いの月 --- エピローグ ●●
夜。
自分の研究室で、ヴィディオはカルムの作った魔法道具を調べていた。中身を溶かして丹念に漉すと、なるほど鋭利なガラスの破片が一つ出てきた。
「持つ手に重力がかかる原因はこれか」
それから結晶の色もおかしかった。まだ暖かいうちにケースに入れられたので気がつかなかったのだろうが、冷えてからみると透明なはずの結晶は薄緑色に輝いていた。これを調べれば、おそらくオキリニギラヘビの反応が出るのだろう。
「しかしリストに調査を頼むわけにも行くまい」
リストはライティグを可愛がっていたからな、とヴィディオはため息をついた。しかたないことだと思おうとした。明日になったら、リストをつれてライティグを弔いに行こう。
ノックの音がした。
ヴィディオは、やってきたのが彼女であってくれればいい、と思いながら、振り返らずに返事をした。「──どうぞ。開いてるよ」
失礼します、と言った声は果たして彼女のものだった。エルザはそっと扉を閉め、優しい足取りで部屋を横切ってこちらへ来た。
「カルムとグスタフはどうだね?」
エルザはにっこりしたようだ。「どちらも今はよく眠ってますよ。リーダスタが付き添いをするって聞かなくてね。二人とも若いから、……すぐに治るでしょう」
体のほうはね、とエルザが思ったのがわかった。そうだな、とヴィディオも言葉に出さずに同意した。そうだな、あれだけ元気な若者たちだから、体のほうはすぐに治るだろう。
「カルムの左肩は?」
「元通りになりますよ。アーミナがついていますから」
アーミナか。そう、彼女の腕は実際すばらしい。エスメラルダ出身の女医は、ガルシア国の水準から見れば神業と言えるような腕前を持っている。我々は今更エスメラルダを捨てることはできないんだよ、とヴィディオは頭の中の人物に語りかけた。それがライティグなのか、それともジェムズなのかはわからない。
「グスタフに嫌われたかな……」
つぶやく、とエルザは後ろから手を伸ばして、そっとヴィディオの体を抱きしめた。顔の横にエルザの柔らかな頬がある。エルザはいつでも暖かい。
「仕方がないんじゃないかしら」しかし言葉は辛らつだった。「とにかく、もう二度とあのリスをグスタフに近づけないことね」
「わかってるよ……俺はグスタフを見張りたかったんじゃないんだが」
ジェムズは誤解している、とヴィディオは思った。リスを通してずっとジェムズを見張っていたのは、もしもジェムズが『観察者』の枠を越えて何か手出しをしようとしたときには、アナカルシスを完全に敵にまわしてでも排除するつもりだったからだ。高等学校の校長がいつまでもアナカルシスを盲目的におびえていると思ってもらっては困る。
しかし、グスタフとカルムはあのリスが魔法道具だということに気づいている。ジェムズまで知ってしまった。何か別の手段を考えなければ。
「仕方ないことだったということは、わたしが一番よく知っていますよ」
エルザの指が優しく頬をなでてくれた。
「そうだな」ヴィディオはうなずく。「仕方ないことだった」
まさかあれだけの手がかりで、グスタフがジェムズを見破るとは思わなかった。誤算だったな、とヴィディオは思う。待ち続けたミンスター地区からの新入生は、ヴィディオが思った以上に野生児だったのだ。目と鼻と耳と勘がよく利く……利きすぎる。そして野生の獣がみんなそうであるように誇り高い。グスタフは俺を許しはしないだろう、そう思うと無性に悲しかった。
「見舞いに行ったらたたき出されるかな?」
「そうかもしれません。今は刺激するのは止めてくださいね? せっかく眠っているのだから」
優しい声を聞きながら、ヴィディオは椅子をくるりと回した。エルザの顔が真正面に来る。エルザは哀しそうな顔をして、首に弔いの石を下げていた。ヴィディオはその石を手に取り、最大の敬意をこめて口付けをした。俺はエルザを傷つけてばかりだ、と思う。エルザはこの高等学校にいる者を、みんな息子のように見ているのだから。
「明日、リストと一緒にファーレナ山に行こうかと思うんだが……」
一緒に来るか? と訊ねる勇気はなかった。エルザはそっと微笑んで、ヴィディオの額に唇を寄せた。
「もちろん一緒に行きますよ。あの子をよろしくってマーセラ神に頼みに行かなくてはね」
エルザは体を離した。部屋の隅のほうに湯沸し台がある。紅茶でも飲みますか? という声にヴィディオは片手を上げて答え、椅子に身を埋めた。
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